大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所浜松支部 平成4年(ワ)284号 判決

原告

村松季代子

村松礼文

村松恵

三名訴訟代理人弁護士

阿部浩基

水野幹男

川人博

大森秀昭

阿部哲二

被告

文化シャッター株式会社

代表者代表取締役

岩部金吾

訴訟代理人弁護士

黒川厚雄

安西愈

外井浩志

井上克樹

込田晶代

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  ((一)、(二)について選択的主張)

(一) 被告は、原告村松季代子に対し、金二四四六万一三一二円及びこれに対する昭和六三年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、同村松礼文及び同村松恵に対し、各金一二二三万〇六五六円及びこれらに対する昭和六三年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

(二) 被告は、原告村松季代子に対し、金四八九二万二六二四円及びこれに対する昭和六三年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告村松季代子の負担とする。

(本案の答弁)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告村松季代子(以下「原告季代子」という。)は、亡村松文雄(以下「文雄」という。)、の妻であり、原告村松礼文(以下「原告礼文」という。)、同村松恵(以下「原告恵」という。)は、いずれも原告季代子と文雄との間の子である。文雄は、被告に勤務していたが、昭和六三年六月二五日、クモ膜下出血により死亡した。

(二) 被告は、各種シャッター、雨戸等の製造販売等を業とする株式会社である。

2  団体生命保険契約の締結

(一) 被告は、文雄を含めた従業員全員を被保険者、保険金受取人を被告として、左記のとおり、各生命保険会社との間で、被保険者の死亡により保険金の支払を受けることを定めた団体生命保険契約(以下「本件団体定期保険契約」という。)を締結した。

(1) 第一生命保険相互会社

① 名称及び種類 団体定期保険

② 契約締結年月日

共同取扱契約 昭和四八年一一月一日

単独契約 昭和五七年八月一日

③ 保険金額

共同取扱契約 一〇〇〇万円

単独契約 九〇〇万円

(2) 明治生命保険相互会社

① 名称及び種類 団体定期保険

② 契約締結年月日

共同取扱契約 昭和五五年三月一日

単独契約 昭和六〇年一二月一日

③ 保険金額

共同取扱契約 一〇〇万円

単独契約 五〇〇万円

(3) 住友生命保険相互会社

① 名称及び種類 団体定期保険

② 契約締結年月日

昭和五六年一〇月一日

③ 保険金額一六〇〇万二六二四円

(4) 千代田生命保険相互会社

① 名称及び種類 団体定期保険

② 契約締結年月日

昭和六二年一〇月一日

③ 保険金額 二〇〇万円

(5) 富国生命保険相互会社

① 名称及び種類 団体定期保険

② 契約締結年月日

昭和六一年一〇月一日

③ 保険金額 五〇万円

(6) 協栄生命保険会社

① 名称及び種類 団体定期保険

② 契約締結年月日

昭和六三年一月一日

③ 保険金額 二〇万円

(7) 東京生命保険相互会社

① 名称及び種類 団体定期保険

② 契約締結年月日

昭和六二年八月一日

③ 保険金額 二二万円

(8) 日本生命保険相互会社

① 名称及び種類 団体定期保険

② 契約締結年月日

昭和六二年八月一日

③ 保険金額 五〇〇万円

(二) 被告は、右各団体生命保険金の合計額である金四八九二万二六二四円を文雄が死亡した後の昭和六三年八月一九日までに各保険会社から受領している。

3  訴えの変更

原告らは、当初「本件団体定期保険契約は、商法六七四条一項本文に基づきいずれも文雄の合意のもとに被告と各生命保険会社との間で締結されたものである。文雄と被告との間では、文雄の右合意がなされた各時点において、本件団体定期保険契約に基づく保険金は被告がその全額を文雄の相続人へ支払う旨の合意がなされていた。文雄の死亡により、原告季代子は、文雄の配偶者として、法定相続分である二分の一の割合で、同礼文及び同恵は、文雄の子として、いずれも法定相続分である四分の一の割合で、それぞれ団体定期保険金を請求する権利を有している。よって、原告らは、被告に対し、右合意に基づく保険金引渡請求として、原告季代子については、金二四四六万一三一二円、同礼文、同恵については、各金一二二三万〇六五六円、及び右各金員に対する被告が本件団体定期保険契約に基づく保険金全額を受領した後である昭和六三年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」旨主張したが、平成七年九月七日の第一五回口頭弁論において、右主張は撤回し、後記4、5のとおり主張する。

4[主位的請求原因]

((一)、(二)について選択的主張)

(一)(主位的主張)

労働契約に基づく請求(就業規則としての効力)

(1) 被告と各生命保険会社との間には、本件団体定期保険契約の締結にあたり、保険契約の趣旨・目的を明記した協定書もしくは覚書が存在する。

右協定書もしくは覚書には、本件団体定期保険契約の趣旨・目的として、「本契約は甲(被告、以下同じ)における福利厚生に基づく給付に充当することを目的として締結されたもので、甲は本契約における保険金・給付金等の全部または一部を弔慰金制度に則り支払う金額に充当することとする。」、あるいは、「本契約は、甲における福利厚生制度との関連において締結したものであり、甲は本契約における保険金の全部もしくは一部を弔慰金規程に則り支払う金額に充当することとする。」と定めた条項がある。

右条項からみて、本件団体定期保険契約は、福利厚生に基づく給付に充当することを目的としたもので、しかも保険金の具体的な使途としては、福利厚生一般ではなく、弔慰金制度により支払う当該死亡者の弔慰金に充当する趣旨であるとみるべきである。

そして、右協定書もしくは覚書は、右のような保険契約の趣旨・目的を改めて対外的に宣明したもので、単に被告と各生命保険会社との間の契約にとどまらず、被告の全従業員の労働条件を定めたものとして、就業規則としての効力を有するというべきである。

(2) 労働基準法第九章以下の規定によれば、就業規則の内容は、その制定により、原則として労働契約の内容になるとされている。したがって、本件団体定期保険契約の趣旨・目的を明記した右協定書もしくは覚書は、就業規則として、被告と被告の従業員との間の個別的な労働契約の内容になっていると解すべきである。また、本件団体定期保険契約の内容は、被告が統括部長を通して通知したというのであるから、被告の右の行為は、従業員に対する周知行為にあたるというべきである。

よって、本件団体定期保険契約に基づく保険金全額を被保険者の遺族に引き渡すことは、就業規則として、被保険者である文雄と被告との間の労働契約の内容に含まれている。

(3) 文雄の死亡により、原告季代子は、文雄の配偶者として、法定相続分である二分の一の割合で同礼文及び同恵は、文雄の子として、いずれも法定相続分である四分の一の割合で、それぞれ団体定期保険金を請求する権利を有している。

(4) よって、原告らは、被告に対し、労働契約に基づく保険金引渡請求として、原告季代子については、金二四四六万一三一二円、同礼文、同恵については、各金一二二三万〇六五六円、及び右各金員に対する被告が本件団体定期保険契約に基づく保険金全額を受領した後である昭和六三年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(予備的主張)

労働契約に基づく請求(黙示の弔慰金規程の存在)

(1) 団体定期保険は、従業員の福利厚生を目的に作られ、販売されているものである。このような保険契約を締結する会社の意図には、その保険金を従業員の遺族の生活保障に充てるという趣旨が含まれている。被告においては、保険契約申込書記載の付保目的を唯一「弔慰金支払いのため」とのみ記載しており、従業員の福利厚生のために保険金を弔慰金に充てることを示している。

(2) 被告は、本件団体定期保険契約を締結することにより、既存の弔慰金支給規程とは別に、保険金相当額を弔慰金として支払う旨の黙示の弔慰金支給規程を設定したものである。保険会社との間の協定書もしくは覚書にある「弔慰金規程に則り」という文言も、この黙示の規程と解することができる。

よって、団体定期保険契約に基づく保険金全額を被保険者の遺族に引き渡すことは、被保険者である文雄と被告との間の労働契約の内容に含まれている。

(3) 前記(主位的主張)(3)、(4)記載のとおり。

(二)((1)ないし(4)について選択的主張)

(1) 不当利得に基づく請求(受取人指定についての同意の不存在)

① 原告らは、当初、本件団体定期保険契約について被保険者である文雄の同意があったと主張したが、それは真実に反し、かつ錯誤に基づいてしたものであるから撤回し、以下のように主張する。

② 商法六七四条一項は、「他人ノ死亡ニ因リテ保険金額ノ支払ヲ為スへキコトヲ定ムル保険契約ニハ其者ノ同意アルコトヲ要ス」と規定しており、同法六七七条二項は、保険金受取人の指定又は変更について、同法六七四条一項を準用している。したがって、同法六七七条二項により、他人の死亡によって保険金額の支払をなすべきことを定める保険契約における生命保険金の受取人の指定又は変更については、被保険者の同意が必要となるのである。

③ また、本件団体定期保険契約の団体定期保険普通保険約款には、受取人の指定に関し、「保険契約者は、被保険者の同意を得て、死亡保険金受取人を指定しまたは変更することができます。」(三四条)、「死亡保険金の支払事由が生じた場合に、死亡保険金受取人が指定されていなかったか、または指定された死亡保険金受取人が死亡して再指定されていなかったときは、被保険者の配偶者、子、父母、祖父母、兄弟姉妹の順位に従って死亡保険金受取人が指定されてあったものとします。」(三五条)と規定されている。

④ 右普通保険契約約款は、保険契約の定型的内容を表示し、保険営業免許としての届出、その変更・認可等国家の監督的作用により、合理性を保障されており、保険関係者からなるある種の団体内部における法規的性格をもつに至り、保険関係者は、契約締結と同時に、これに拘束されるものである。

また、生命保険契約のような附合契約にあっては、契約者が当該約款の内容を知っていたと否とにかかわらず、またそれによって契約する意思を有していなかったとしても、約款によらない旨の明示の表示のない限り、その約款全体を内容とし、かつこれのみによる契約が有効に成立するとの取扱が商慣習法として定着しているものである。

⑤ したがって、以上の商法六七七条二項の規定及び団体定期保険普通保険約款によれば、保険契約者が保険会社に対して行う団体定期保険の受取人の指定については、被保険者の同意が必要であり、その被保険者の同意がない場合においては、当該保険金の受取人は、被保険者の配偶者、子、父母、祖父母、兄弟姉妹の順位に従うこととなる。

⑥ 被告においては、被告が契約者となり、被告の全従業員を被保険者として締結した本件団体定期保険契約の保険金受取人の指定について、被保険者の同意を得る手続を一切行っていない。

被告は、被告の労働組合との間においても、労働協約等で全従業員を被保険者とする本件団体定期保険契約の保険金受取人を被告とすることについて取決めを行った事実も存在しない他に、被保険者からその受取人の指定につき個別的同意を得る手続も一切行っていない。被告は、文雄に対し、本件団体定期保険契約の保険金の受取人を被告とすることについて何らの説明も行っていないのであり、また、その同意を得ていないのである。

⑦ したがって、被保険者を文雄とする本件団体定期保険契約の保険金受取人については、その指定がされていないものであり、団体定期保険普通保険約款三五条により、団体定期保険金の受取人は、被保険者の配偶者、子、父母、祖父母、兄弟姉妹の順位に従って死亡保険金受取人が指定されてあったものとされる結果、原告季代子がその受取人になるものであり、被告がその受取人とはなり得ないものである。

しかるに、被告は、各保険会社から金四八九二万二六二四円の生命保険金を受け取っている。

⑧ よって、原告季代子は、被告に対し、民法七〇三条に基づく不当利得返還請求として、金四八九二万二六二四円及びこれに対する被告が本件団体定期保険契約に基づく保険金全額を受領した後である昭和六三年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2) 商法六七四条一項但書に基づく主張

① 前記(1)不当利得に基づく請求(受取人指定についての同意の不存在)①記載のとおり。

② 団体定期保険契約は、従業員又はその遺族の生活保障を目的とするものであるから、その保険金の受取人は、被保険者である従業員であり、契約者である企業が保険契約上、保険金の受取人とされている場合も、それは保険金の通過点にすぎない。このような意味において、団体定期保険は、商法六七四条一項但書の保険契約である。したがって、本件団体定期保険契約における保険金の受取人は文雄であるから、文雄の同意がなくても本件団体定期保険契約は有効である。

③ 前記(一)(主位的主張)(3)記載のとおり。

④ よって、原告らは、被告に対し、本件団体定期保険契約に基づく保険金引渡請求として、原告季代子については、金二四四六万一三一二円、同礼文、同恵については、各金一二二三万〇六五六円、及び右各金員に対する被告が本件団体定期保険契約に基づく保険金全額を受領した後である昭和六三年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(3) 無効行為の転換に基づく主張

① 前記(1)不当利得に基づく請求(受取人指定についての同意の不存在)①記載のとおり。

② 本件団体定期保険契約は、被保険者である個々の従業員の同意を得ていないものであり、商法六七四条一項本文により右契約は無効である。

したがって、被告は、本件団体定期保険契約に基づいては保険金を受領できない結果となる。

③ しかし、本件団体定期保険契約が、当初からその受取人を従業員として契約されていたならば、それは、商法六七四条一項但書によって、その被保険者である従業員の同意がない場合であっても有効であり、従業員又はその遺族の生活保障という契約目的は達せられることとなる。そして、同法六七四条一項但書の保険契約により、従業員又はその遺族が直接に保険会社から生命保険金を受け取ることによって、その生活の保障が図られることと、同法六七四条一項本文の他人の生命保険契約について被保険者の同意があり、その保険契約によって契約者である被告から従業員又はその遺族に保険金が支払われ、その生活保障が実現されることとは、社会的・経済的には全く同質なものである。

④ また、本件団体定期保険契約を無効とするのでは、被告の従業員及びその遺族の生活を保障する目的で団体定期保険契約を締結した被告と各生命保険会社との意図が実現され得ないのであるが、本件団体定期保険契約を同法六七四条一項但書の契約として有効とすれば、その各契約当事者の意図は実現されるのであり、そのことは、本件団体定期保険契約の付保目的を「弔慰金」として合意している各生命保険会社と被告がまさに欲するところなのである。

⑤ 前記(一)(主位的主張)(3)記載のとおり。

⑥ 前記(2)商法六七四条一項但書に基づく主張④記載のとおり。

(4) 不当利得に基づく請求(保険金受取人を被告とする受取人の指定は無効)

① 本件団体定期保険契約の保険金の受取人が被告であり、被告に保険金のすべてが帰属するものであるとすれば、そのような契約は、第一に、保険金を取得する目的で、被保険者の生命を害しようという犯罪誘発の危険性をもたらすことになる。第二に、保険料を損金計上できるという恩典を活用したうえ、死亡保険金を遺族に渡さないで自ら取得することになるのであるから、脱税の意図とともに、賭博的な動機で保険契約を締結する危険性をはらむことになる。第三に、他人の生命を勝手に評価して取引の対象とするのであるから、その他人の人格権を侵害することになる。また、被告が文雄の死亡によって支払を受けた保険金の総額は四八九二万二六二四円であるのに対し、原告ら遺族が受領した弔慰金は僅かに一〇万円にすぎない。本件団体定期保険契約は被告が弔慰金支払を口実として不法な利益を得ようとするものであり、その動機自体が違法である。

したがって、本件団体定期保険契約において、被告を保険金受取人とする指定は、民法一条二項の信義誠実の原則に反するとともに、民法九〇条の公序良俗に反し、無効とすべきである。

② よって、本件団体定期保険契約の保険金受取人は、指定されていなかったものと解すべきであり、団体定期保険普通保険約款三五条によって、団体定期保険金の受取人は、被保険者の配偶者、子、父母、祖父母、兄弟姉妹の順位に従って死亡保険金受取人が指定されてあったものとされる結果、原告季代子がその受取人となるものであり、被告がその受取人とはなり得ないものである。

しかるに、被告は、各生命保険会社から金四八九二万二六二四円の生命保険金を受け取っている。

③ 前記(1)不当利得に基づく請求(受取人指定についての同意の不存在)⑧記載のとおり。

5[予備的請求原因]

((一)ないし(四)について選択的主張)

(一) 事務管理の主張

(1) 前記4[主位的請求原因](二)(1)不当利得に基づく請求(受取人指定についての同意の不存在)①記載のとおり。

(2) 本件団体定期保険契約の締結行為は、団体定期保険が個々の従業員の福利厚生を目的として作られた保険制度であることから、被告からすれば、他人の事務に該当する。

(3) 本件団体定期保険契約は、従業員が在職中に死亡した際の遺族の生活保障を目的とするものであり、被告は、団体定期保険金のすべてについて、従業員に対する弔慰金の支払を目的として契約を締結したものである。したがって、それは、被告が、従業員のために、すなわち、他人のためにする意思をもって行ったものであることは明らかである。

(4) 被告が従業員のために各生命保険会社との間で団体定期保険契約を締結すべき法律上の義務はないが、一方では、右の契約の締結が、従業員の福利厚生のためという本来の目的に従うものであれば、それは個々の従業員の意思にも適合するものである。

(5) したがって、被告と各生命保険会社との間の本件団体定期保険契約は、被告の従業員、すなわち文雄に対する事務管理としてなされたものである。

(6) 前記4[主位的請求原因](一)(主位的主張)(3)記載のとおり。

(7) よって、原告らは、被告に対し、民法六九七条、七〇一条、六四六条一項に基づく保険金引渡請求として、原告季代子については、金二四四六万一三一二円、同礼文、同恵については、各金一二二三万〇六五六円、及び右金員に対する被告が本件団体定期保険契約に基づく保険金全額を受領した後である昭和六三年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 準事務管理の主張

(1) 仮に、前記(一)の事務管理の要件として、被告に他人のためにする意思が存在しない場合には、それは、他人の事務をそれと知りつつ自己の事務として管理したものであり、準事務管理の法理により、管理者である被告は事務管理における管理者と同一の義務を負い、民法七〇一条、同六四六条一項の適用ないしは類推適用により、文雄に対して、保険金の引渡義務を負う。

(2) 前記4[主位的請求原因](一)(主位的主張)(3)記載のとおり。

(3) 前記(一)事務管理の主張(7)のとおり。

(三) 不当利得に基づく請求(団体定期保険契約の趣旨・目的に基づく主張)

(1) 前記4[主位的請求原因](二)(1)不当利得に基づく請求(受取人指定についての同意の不存在)①記載のとおり。

(2) 被告が、金四八九二万二六二四円の保険金を各保険会社から受領したことは受益にあたる。

(3) 被告は、被保険者である文雄の同意を得ずに団体定期保険契約を締結し、同人の同意を得ずに保険金受取人を被告として保険金を取得した。本来この保険金は文雄に帰属すべきものであったのに、それが帰属しなかったことになるから、文雄には損失がある。

(4) 団体定期保険は、遺族の生活保障を目的としたものとして認可された保険である。したがって、保険金の使途は、この目的に制限され、この使途の確認のため、保険申込書で申込の趣旨の確認が行われ、さらに、協定書等を取り交わすなどしているのである。被告の場合は、保険金の使途はすべて弔慰金支払のためのみとされている。

また、商法六七四条一項本文は、他人の生命の保険には、その者の同意を要求し、この同意によって、保険金殺人等の様々な弊害を防止しようとしているのである。

被告は、これら団体定期保険の性質・目的を無視し、さらに、保険申込書、協定書等で保険申込の趣旨を「弔慰金支払のため」と明確にしながら、これをほとんど実行せず、それについて個々の従業員の同意も取っていない。これは、法が本来予定し、要求した趣旨に反するものといえる。

しかも、被告が、そのような多額の保険に加入していたのは、各生命保険会社との関係において、増資の際に安定株主として株式を引き受けることを求めたり、保険加入の見返りとしてシャッター関係工事の紹介を受けるなどの兼ね合いによるものである。被告は、勝手に従業員の生命を取引の道具として利用していたのである。

被告が、保険金を受領し、これを文雄に渡さないのであれば、それは、社会通念を逸脱し、正義・公平に反するものである。

したがって、被告の受益は法律上の原因がない。

(5) 前記4[主位的請求原因](一)(主位的主張)(3)記載のとおり。

(6) よって、原告らは、被告に対し、民法七〇三条に基づく不当利得返還請求として、原告季代子については、金二四四六万一三一二円、同礼文、同恵については、各金一二二三万〇六五六円、及び右各金員に対する被告が本件団体定期保険契約に基づく保険金全額を受領した後である昭和六三年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(四) 信義誠実の原則、禁反言の原則に基づく主張

(1) 団体定期保険は、在職中に従業員が死亡した際のその遺族の生活保障を目的として作られたものである。被告においても、かかる保険制度の趣旨を前提として、本件団体定期保険契約を締結しているのであって、被告は、その各保険契約書・保険契約申込書で本件団体定期保険契約の保険金を従業員に対する弔慰金の支払に充てることを目的として契約する意思を明示したのである。さらに被告は、各生命保険会社との間で協定書もしくは覚書を取り交わし、その中で本件団体定期保険契約の保険金の使途について、「保険金・給付金の全部または一部を弔慰金制度に則り支払う金額に充当する」との約定まで行っている。したがって、このような事実からすれば、本件団体定期保険契約は、従業員が死亡した場合、被告がその遺族に保険金を弔慰金として支給することによって従業員の福利厚生を図るという客観的意図を各生命保険会社に対して表明したことを受けて締結されたものであることが明らかである。それにもかかわらず、被告において、本件団体定期保険契約の保険金が自己にすべて帰属すると主張することは、被告自身の右の意思表明に矛盾し、しかも団体定期保険制度の趣旨を根底から否定するものであり、信義誠実の原則、禁反言の原則に反するものである。本件団体定期保険契約においては、保険契約の目的、契約申込書の記載、保険契約者として各生命保険会社との間で取り交わした協定書・覚書の内容からして、当初からその保険金は被保険者である従業員又はその遺族に帰属することが予定されているのであり、保険契約上企業が受取人とされている場合も、企業は保険金の通過点にすぎず、最終帰属者ではない。そして、被告は、契約申込書に弔慰金目的と記載して保険契約を締結することを重ねてきたことに加えて、被告が生命保険金は弔慰金として支払う旨を各生命保険会社との間で協定書・覚書を取り交わすことによって約定・合意してきていること、各生命保険会社においてもこのような被告の客観的意思の表示を受けて、保険金を従業員の遺族への通過点として被告に支払い、被告がこれを受け取っていること等の事実からするならば、被告は、信義誠実の原則、禁反言の原則により、各生命保険会社との間の本件団体定期保険契約の効力として、保険金を原告らに対して支払う義務を負うべきである。

(2) 前記4[主位的請求原因](一)(主位的主張)(3)記載のとおり。

(3) 前記4[主位的請求原因](二)(2)商法六七四条一項但書に基づく主張④記載のとおり。

二  本案前の答弁の理由

原告らの訴えの変更には異議がある。訴えの変更前、原告らは、本件団体定期保険契約について、文雄の被保険者としての同意と、文雄と被告との間においては保険金を遺族に引き渡す旨の合意が存在したと主張していた。そして、保険金を被告が遺族に引き渡す旨の合意が成立していたと主張する以上、受取人は被告であることを当然の前提としていた。ところが、訴えの変更後の主張は、前記請求原因4、5記載のとおりであり、要するに、その主張の中心となるのは、保険金の受取人について、被保険者の合意は一切とられていないし、被保険者からその受取人の指定につき個別的同意を得る手続も一切とられていないというものである。これは、受取人を含む本件団体定期保険契約の内容について被保険者の合意を得ていたと主張する原告らの主張の最も重要な部分の主張の変更であって、請求の基礎の重大な変更である。さらに、訴えの変更後の主張の中には、原告を被告季代子一名とするものもある。訴えの変更前の原告が、原告季代子、同礼文、同恵の三名であることからいっても、保険金二四四六万一三一二円については、その帰属する主体が異なっているものであって、その意味においても請求の基礎の同一性が認められない。

したがって、訴えの変更は、請求の基礎の同一性がないから、不適法であり、本件訴えは却下されるべきである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。ただし、(一)(3)③については、保険金額が一六〇〇万円で、利息が二六二四円という内訳である。

3  同4、5の各主張については、すべて争う。

(一) 同4[主位的請求原因]及び同5[予備的請求原因]記載の各主張について

本件団体定期保険契約において、被告は、保険契約の契約者であり、保険料を自ら全額負担し、保険金の受取人になっているのであるから、保険金全額を受領できることは、保険契約上、当然のことである。

本件団体定期保険契約の保険金をいかに運用するかについては、被告の従業員の全体的な賃金を含めた福利厚生の立場から考慮すべきであって、被告は、単純に全額を遺族に引き渡さなければならないというような制約は受けていない。そもそも団体保険であるから、その保険金は団体の構成員全体の福利厚生のために運用して何ら問題はないはずである。

(二) 同4[主位的請求原因](二)(1)ないし(3)、同5[予備的請求原因](一)ないし(三)記載の各主張について

(1) 原告らは、訴状において、本件団体定期保険契約は、商法六七四条一項本文の規定に基づきいずれも文雄の合意のもとに被告と各生命保険会社との間で締結された旨主張し、平成五年五月六日の第四回口頭弁論においても「被告と文雄との間において各生命保険契約の締結年月日および更新年月日ころ、文雄を被保険者とする旨の合意があった。」、「仮に被告と文雄との間において、個別的な同意がなかったとしても、被告の従業員を代表する者との間において、被告の従業員全員を被保険者とする旨の同意があった。」と主張していた。原告らは、その後、文雄の同意はなかったと主張を変更しているが、これは、被保険者としての同意という重要な主要事実の自白を撤回するものであり、この自白の撤回について被告は異議がある。

仮に、自白の撤回が許されるとしても、本件団体定期保険契約締結に際して、被保険者たる文雄の同意がないというのであれば、本件団体定期保険契約自体が無効となるのであって、原告らの請求はその根拠を失うことになる。

(2) 被告は本件団体定期保険契約締結に際して、文雄の個別的同意は得ていないが、団体的同意を得ているものである。

すなわち、被告は、全国に各支社を設け、その各支社を統括する統括部長なる職制を置いており、その各統括部長に対し、本件団体定期保険契約締結時の前後を通して、口頭により、本件団体定期保険契約における被保険者になっていることの通知をしているのであって、各従業員一人一人に口頭で周知せしめているのではないのである。これをもって、被告は、団体的な同意があったとするものである。したがって、本件団体定期保険契約は商法六七四条一項本文により有効であり、被告は保険金を取得できる。

(三) 労働契約に基づく請求(就業規則としての効力)について

(1) 前記協定書又は覚書の内容は、広く被告の福利厚生制度との関連において、その原資を得るために団体定期保険に加入することを妨げるものではなく、そのため、弔慰金として支払うのは、その保険金の一部であることを妨げないというものである。団体定期保険が企業の逸失利益を補うことを目的とすることが許容されている現在、広く一般的な福利厚生制度のために保険金を利用することは社会的にみても何ら問題のない行為である。

(2) 協定書又は覚書は、いずれも被告と各生命保険会社との間の文書であり、対外的に明らかにされているわけではない。

(3) 被告の従業員は、日常、右協定書・覚書を見ているわけではなく、単に団体的同意をしている者にすぎない。したがって、右協定書・覚書は被告の従業員の労働条件を形成するものではない。

(四) 労働契約に基づく請求(黙示の弔慰金規程の存在)について

(1) そもそも「黙示の規程」の意味が不明である。

(2) 「黙示の規程」を設定する主体は、社内の規程である以上、被告であろうが、被告は、現存する規程以外に黙示の規程など設定してはいないし、設定する意思もない。

(3) 前記協定書又は覚書にある「弔慰金規程に則り」という文言は、存在している弔慰金規程に従って保険金の一部を弔慰金として支払うことを意味するものである。

(五) 不当利得に基づく請求(受取人指定についての同意の不存在)について

(1) 商法六七七条一項・二項は、保険契約時において、保険金受取人の指定がない場合、又は、保険契約後に保険金受取人を変更する場合の規定である。本件団体定期保険契約のような当初から保険金受取人は被告であり、変更もない場合には、商法六七七条一項・二項の規定の適用の余地はない。

(2) 本件団体定期保険契約においては、契約当初から保険金受取人は被告であり、その変更もないから、団体定期保険普通保険約款三五条における保険金受取人の指定がない場合にはあたらない。

(六) 商法六七四条一項但書に基づく主張について

本件団体定期保険契約は、商法六七四条一項本文に規定する保険契約である。

(七) 無効行為の転換に基づく主張について

(1) 本件団体定期保険契約の保険金受取人が被告である場合と原告ら遺族である場合とでは、社会的・経済的目的を同じくしていない。すなわち、被告が、本件団体定期保険契約を各生命保険会社と締結したのは、その保険金の一部を死亡退職金・弔慰金にあて、残額を役員・従業員全体の福利厚生にあてるためであった。したがって、両者は、一部を遺族の受領する退職金・弔慰金にあてるという点では共通しているが、他の点では経済的目的を共通にしていない。

(2) 被告としては、もし仮に、被保険者の個別的同意がない故に本件団体定期保険契約が無効であるということを知っていたのであれば、役員・従業員全体のための福利厚生の資金が得られなくなることから、敢えて多額の保険料を支払うことはなかったものと思われるし、その後は解約したものと思われる。したがって、被告は、本件団体定期保険契約が無効であれば、原告ら遺族に保険金全額の支給される契約に転換することを欲していることはない。

(八) 不当利得に基づく請求(保険金受取人を被告とする受取人の指定は無効)について

(1) 団体定期保険の場合には、保険料の方が受取保険金よりも高いのが通常であるから、保険金で利得しようという目的で団体定期保険に加入する会社は考えられず、犯罪誘発の可能性はない。

(2) 保険料を損金計上できるという点で節税になるとはいっても、支払保険料の方がはるかに節税額よりも大きいのであるから、税金を安くする目的で団体定期保険に加入する会社があるとは考えられない。また、原告らが主張する「賭博的な動機」の意味は不明である。

(3) 団体的同意を得て、全従業員の福利厚生のために団体定期保険に加入し、従業員には全く保険料の負担をさせていないのに、なぜ人格権の侵害になるのか、意味不明である。

(4) 被告は利益を得るために本件団体定期保険契約を締結したものではない。昭和六二年度における支払保険料は一億五九六六万円余りであるのに対し、受取保険金は九五九八万円余りであり、保険料との対比で考えれば、被告は利益どころか損失を受けている。なぜ、損失を覚悟で団体定期保険に加入するかといえば、不慮の大事故に備え、かつ役員・従業員の福利厚生のためである。

(九) 事務管理の主張について

(1) 被告が本件団体定期保険契約を締結したのは、従業員全体の福利厚生のためであり、被告の弔慰金規程に基づく弔慰金支払の他に遺族の利益を図るためという意思は当初から存在せず、「他人のため」という要件を充たさない。

(2) 被告が、団体定期保険を保険会社と締結するという事務は、保険契約者であり、保険料負担者であり、保険金の受取人である被告の事務である。したがって、「他人の事務」という要件も充たしていない。

(一〇) 準事務管理の主張について

被告は、役員を含めた全従業員のための福利厚生を目的とし、その保険金の一部を弔慰金として遺族に支払い、すべて一般の会計に入れて特別会計として管理せず、大半は、役員を含めた全従業員のための福利厚生にあててきたのであるから、原告らのための事務でないことは明確であり、客観的にも被告自身の事務である。準事務管理の成立する余地はない。

(一一) 不当利得に基づく請求(団体定期保険契約の趣旨、目的に基づく主張)について

(1) 被告は、本件団体定期保険契約における契約者であり、保険料の負担者であり、保険金の受取人である。被告が保険金を受領しても不当利得は生じない。

(2) 一時的に大事故が発生すれば受取保険金は多額にのぼるものと考えられるが、長期的にみれば、保険会社に支払う保険料の方がはるかに企業の受ける保険金額及び配当金を上回っている。被告の場合も、昭和六一年度から平成二年度までの団体定期保険の支払実績・受取保険金額をみると、五年間でも支払保険料の方が前年配当金、受取保険金の合計額を一億八〇〇〇万円余りも上回っている。団体定期保険において被告が利得を得ているとの原告の主張は事実に反する。

また、団体定期保険に節税の効果があるとはいっても、節税となるのは保険料額に実効税率を乗じた額であり、節税できる額よりも保険会社に支払う保険料の方がはるかに高いことになる。その他、保険金が被告に支払われた場合には、弔慰金等が支払われた後、雑所得で処理されるため、被告の場合には法人税等によりその六割以上が課税されることになる。その結果、個別の保険金についてみても、原告らの主張する利得は存していない。

以上のとおり、被告においては、たとえ被保険者たる従業員が死亡して生命保険会社より保険金が支払われても、何ら利得が生じることはないのである。むしろ、被告は、相当額の持ち出しを覚悟のうえで団体定期保険に加入し、不慮の大事故に備え、かつ受け取った保険金を広く従業員全員のための福利厚生として使用してきているものである。

(一二) 信義誠実の原則、禁反言の原則に基づく主張について

前記(三)労働契約に基づく請求(就業規則としての効力)について(1)記載のとおり。

第三  証拠

記録中の書証目録・証人等目録のとりである。

理由

一  本案前の答弁について

被告は、原告らの訴えの変更は、本件団体定期保険契約の締結について被保険者である文雄の同意を得ていたという原告らの主張の最も重要な部分の変更であって、請求の基礎を異にする旨主張するので、以下検討する。

本件は、原告らの主張に照らして明らかなように、被告が、文雄の死亡によって本件団体定期保険契約に基づく保険金全額を各生命保険会社から受領したことに端を発した紛争であって、文雄の遺族である原告らが被告に対しその保険金の引渡しを求めているものであり、訴え変更前の請求(以下「旧請求」という。)では、本件団体定期保険契約について文雄の被保険者としての同意と、文雄と被告との間において保険金を遺族に引き渡す旨の合意がともに存在していたかどうかということが重要な争点であったのに対し、訴え変更後の請求(以下「新請求」という。)では、文雄について右のような同意・合意がない場合に、文雄の遺族である原告らが被告に対して保険金の引渡しを請求する権利を有しているかどうかという専ら法的な評価が主要な争点となっているにすぎない。

したがって、新旧両請求は、法的構成としての請求の原因・態様こそ異なるものの、その背景にある紛争の実体自体に変わりはないから、訴えの変更を許さないとして新請求を別訴によらしめるよりは、このまま旧請求の訴訟資料や証拠資料を新請求の審理に継続利用していく方が合理的であるし、それによって当事者双方の利益が特に害される点も存しないと考えられる。

そこで、当裁判所は、原告らの訴えの変更は請求の基礎に変更がないものとしてこれを許すこととし、被告の本案前の答弁は採用しない。

二  請求原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。

三  労働契約に基づく請求(就業規則としての効力)について

原告らは、被告と各生命保険会社との間には、本件団体定期保険契約締結にあたり、保険金を弔慰金制度によって支払う当該死亡者の弔慰金に充当する旨定めた協定書又は覚書が存在し、この協定書又は覚書は被告の全従業員の労働条件を定めたものとして就業規則としての効力を有する旨主張する。

成立に争いのない甲第四号証の七、第六号証の二、第七号証の八、第八号証の三、第九号証の四、第一〇号証の三、第一一号証の二及び証人久保田智之の証言によれば、被告と前記各生命保険会社(ただし、明治生命保険相互会社を除く。)との間で、本件団体定期保険契約の締結にあたり、保険契約の趣旨を明記した協定書もしくは覚書と題する書面が取り交わされ、これらの書面には、保険契約の趣旨として、「本契約は甲(被告のこと、以下同じ)における福利厚生に基づく給付に充当することを目的として締結されたもので、甲は本契約における保険金・給付金等の全部または一部を弔慰金規程に則り支払う金額に充当することとする。」、あるいは、「本契約は甲における福利厚生制度との関連において締結したものであり、甲は本契約における保険金の全部もしくは一部を弔慰金規定により支払う金額に充当することとする。」などと定めた条項があることが認められる。したがって、被告と右各生命保険会社との間においては、保険金の全部又は一部を被告の弔慰金規程によって支払う金額に充当する旨の合意があることが認められることになる。

しかしながら、右の合意がそれ自体としては被告と各生命保険会社との間の合意にすぎないことはいうまでもないところ、証人寺沢久子の証言によれば、被告の従業員であった同証人は本件のような団体定期保険契約の存在を全く知らなかったことが認められるだけでなく、右の合意について、労働者の意見が聴取されたとか、行政庁への届出がなされたとか、あるいは、事業場への掲示等によって労働者に対する周知が図られたとかいうような手続のいずれかが履践されたことを認めるに足りる証拠もないから、右の合意をもって、単なる被告と各生命保険会社との間の合意を超え、被告とその従業員との間の就業規則となっているとまで認めることは到底できないというべきであるし、他に、原告ら主張の協定書又は覚書の記載内容が被告における就業規則の内容となっていることを窺わせるに足りる事実関係を認めることもできない。

したがって、原告らの右主張は採用できない。

四  労働契約に基づく請求(黙示の弔慰金規程の存在)について

原告らは、被告が本件団体定期保険契約を締結することによって既存の弔慰金支払規程とは別に保険金相当額を弔慰金として支払う旨の黙示の弔慰金規程を設定したと主張する。

被告が各生命保険会社との間で締結した本件団体定期保険契約において、その契約の趣旨として表示されている内容は右三に判示したとおりであるが、これをもって直ちに原告ら主張の黙示の設定を推認することはできないし、他に、これを推認させるべき事実関係を認めるに足りる証拠もない。

よって、原告らの右主張は採用できない。

五  不当利得に基づく請求(受取人指定についての同意の不存在)について

原告季代子は、本件団体定期保険契約における保険金受取人の指定について被保険者である文雄の同意はなかったのであるから受取人は指定されていなかったことになり、その結果団体定期保険普通保険約款の規定により原告季代子がその受取人となる旨主張するので、以下検討する。

1  被告は、原告らは当初本件団体定期保険契約の締結について文雄の同意があったと主張していたにもかかわらず、その後、この主張を撤回し、文雄の同意はなかったと変更したことは自白の撤回にあたり、許されない旨主張する。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、原告らは、文雄が死亡したため、本件団体定期保険契約についてはその存在すら知り得ず、そのため、当初、被告が文雄の同意を得て本件団体定期保険契約を締結したものと想定して主張してきたところ、その後、証人久保田智之、同寺沢久子の各証言等により、被告が文雄の同意を得ずに本件団体定期保険契約を締結した事実が判明したため、右のように主張を変更したことが認められるのであって、仮にこれが自白の撤回にあたるとしても、自白が真実に反し、かつ錯誤に基づいてなされた場合と認められるから、許容されるというべきである。

2  本件団体定期保険契約の性質について

前記二の当事者間に争いがない事実に加えて、成立に争いのない甲第四号証の二、一〇ないし一五、第五号証の二、六ないし一一、一三、第六号証の一、第七号証の二、第八号証の一・二、第一〇号証の二、第一一号証の一及び証人久保田智之の証言によれば、本件団体定期保険契約は、被告と各生命保険会社との間において、被保険者を被告の従業員全員とし、保険料負担者及び保険金受取人をともに被告として締結された団体生命保険契約であることが認められるから、商法六七四条一項本文にいう他人の死亡を保険事故として保険金が支払われる保険契約とみることができる。

3  本件団体定期保険契約の有効性について

右2で認定したように、本件団体定期保険契約が商法六七四条一項本文の適用を受ける保険契約である以上、保険契約締結にあたっては被保険者の同意を得る必要がある。ところが、本件団体定期保険契約があらかじめ被保険者である文雄を含めた個々の従業員の個別的な同意を得ずに締結されたものであることは当事者間に争いがない。この点について、被告は、たしかに文雄を含めた従業員の一人一人について個別的同意は得ていないが、各支社の統括部長に対し、本件団体定期保険契約締結時の前後を通して口頭で本件団体定期保険契約の被保険者になっていることを通知しているのであって(被告は、これを「団体的同意」と呼ぶ。)、この団体的同意をもって商法六七四条一項本文の要求する被保険者の同意としては充分であり、本件団体定期保険契約は有効である旨主張するので、以下、本件団体定期保険契約の有効性について検討する。

商法六七四条一項本文が他人の死亡を保険事故とする保険契約の締結について、その他人である被保険者の同意を得ることを契約の効力発生要件とした趣旨は、この種の保険は一般に被保険者の生命に対する犯罪の発生を誘発する危険性があること、保険契約者ないし保険金受取人が不労の利得を取得する目的のために利用する危険性があること、一般・社会的倫理として同意を得ずに他人の死亡をいわゆる射倖契約上の条件とすることは他人の人格を無視し、公序良俗に反するおそれがあることなどからこれらを防止するためであるということができる。たとえ団体定期保険契約の場合であっても、当該「他人」である従業員各人がその保険契約の存在を知らされていないとするならば、右規定がその他人の同意を必要とした趣旨を損ない、公序良俗に反する結果になることはその他の場合と少しも異なるところはないので、同意は被保険者個々人の個別的具体的なものでなければならないというべきである。被告の主張する団体的同意では、各支社の統括部長からそれ以下の個々の従業員に保険契約を締結することを周知し、これに応ずることを確認することまでが予定されていないので、そのようなものは到底商法六七四条一項本文が要求している被保険者の同意とみることはできない。

被告は、被告のような多数の従業員を抱える大企業にとって、個々の従業員の同意を得ることは事実上不可能である旨主張するが、適切な手段・方法を講じさえすれば、被告のような大企業であっても商法六七四条一項本文の趣旨を充足するに足りる措置をとることは充分に可能であると考えられるところであるし、仮に、何らかの事情でそれができないのであれば、そもそも本件におけるような団体定期保険契約を結ばなければよいだけのことである。

したがって、本件団体定期保険契約は、商法六七四条一項本文の要求する被保険者の同意を得ていないものとして、無効であるというべきである。

4  前記3のとおり、本件団体定期保険契約は、商法六七四条一項本文の要求する被保険者の同意を得て締結されたものではないため、保険契約全体が無効になるのであり、保険金受取人の指定のみが無効になることにはならない。

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告季代子の右請求は理由がない。

六  商法六七四条一項但書に基づく主張について

原告らは、本件団体定期保険契約における保険金の受取人は文雄であるから、商法六七四条一項但書により文雄の同意がなくても保険契約は有効である旨主張するので、以下検討する。

1  自白の撤回については、前記五1記載のとおり。

2  前記五2、3記載のとおり、本件団体定期保険契約の保険金受取人は被告であり、したがって、商法六七四条一項本文にいう他人の死亡を保険事故とする保険契約といえるから、被保険者たる文雄の同意がなくては有効とされない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの右主張は理由がない。

七  無効行為の転換に基づく主張について

原告らは、本件団体定期保険契約は、無効行為の転換の法理により、商法六七四条一項但書の規定する保険契約として被保険者の同意がなくても有効とすべきである旨主張するので、以下検討する。

1  自白の撤回については、前記五1記載のとおり。

2  前記五3記載のとおり、本件団体定期保険契約は、商法六七四条一項本文の要求する被保険者の同意を得ていないものとして、無効である。

3  原告らの主張する無効行為の転換が認められるためには、両法律行為の効果が社会的ないし経済的目的を同じくしており、当事者の利益状況に照らし、当事者は、もし無効を知っていたならば他の法律行為としての効果を欲したであろうと認められることが必要である。

この点、被告は、本件団体定期保険契約を各生命保険会社と締結したのは、その保険金の一部を死亡退職金・弔慰金に充て、残額を役員・従業員全体の福利厚生に充てるためであると主張し、原告らの保険金金額の引渡請求に対し争っているところである。したがって、保険金受取人が被告である場合と、原告ら遺族である場合とでは、一部保険金を遺族の受領する退職金・弔慰金に充てるという点では共通しているものの、他の点では経済的目的を共通にしていないということができる。

そして、前記請求原因に対する認否3(七)(2)記載の被告の主張に照らすと、被告としては、もし仮に、被保険者の個別的同意がないために本件団体定期保険契約が無効になるということを知っていたのであれば、敢えて多額の保険料を支払ってまで原告ら遺族に保険金全額が支給される契約に転換されるよう欲していることはないと認められる。

よって、原告らの右主張は理由がない。

八  不当利得に基づく請求(保険金受取人を被告とする受取人の指定は無効)について

原告季代子は、本件団体定期保険契約において被告を保険金受取人とする指定は、信義誠実の原則・公序良俗に反し、無効である旨主張する。

しかしながら、前記五3、4記載のとおり、被保険者の同意を得ていない本件団体定期保険契約は、その保険契約のもつ反公序良俗性を払拭できず、そのため商法六七四条一項本文により、保険契約全体が無効となると解するのが相当であり、保険金受取人を被告とする指定のみが団体定期保険契約と切り離されて無効となると解することはできない。

よって、その余の点について判断するまでもなく、原告季代子の右請求は理由がない。

九  事務管理及び準事務管理の各主張について

原告らは、本件団体定期保険契約は文雄に対する事務管理ないしは準事務管理として締結されたものである旨主張するので、以下検討する。

1  自白の撤回については、前記五1記載のとおり。

2  既に判示したように、被告が、本件団体定期保険契約を保険会社との間で締結したのは、支払われた保険金の一部を従業員への弔慰金に充てるためであるほか、証人久保田智之及び弁論の全趣旨によれば、労災事故に備え、企業の逸失利益を補うこと、従業員全体の福利厚生に充てること、その他様々な目的をもってしたことであると認められる。右目的が正当なものであるか否かはともかく、被告の契約締結の意図がそのようなものであり、純粋に従業員の遺族に対する保障のみを目的とするものではないのであれば、少なくとも右契約締結の事務は、保険契約者であり保険金の受取人である被告の事務である。したがって本件団体定期保険契約の締結は、民法六九七条一項の「他人の事務」という要件を満たしていないから、原告らの主張する事務管理及び準事務管理はいずれも理由がない。

一〇  不当利得に基づく請求(団体定期保険契約の趣旨・目的に基づく主張)について

原告らは、本件団体定期保険契約の趣旨・目的からすると、保険金は本来文雄に帰属すべきものであったのに、被告は文雄の同意を得ずに受取人を被告として保険金を取得しているのであり、これを文雄に引き渡さないのであれば、社会通念を逸脱し、正義・公平に反する旨主張するので、以下検討する。

1  自白の撤回については、前記五1記載のとおり。

2  前記五3記載のとおりであり、本件団体定期保険契約が無効である以上、被告は受領した保険金を各生命保険会社に返還すべき責務を負うのであって、これを文雄、ひいては原告らに引き渡さないことをもって、社会通念を逸脱するとか、正義・公平に反するとはいえない。

よって、原告らの右請求は理由がない。

一一  信義誠実の原則・禁反言の原則に基づく主張について

原告らは、信義誠実の原則・禁反言の原則により、被告は本件団体定期保険契約の効力として、保険金を原告らに支払う義務を負うと主張する。

しかしながら、前記五3記載のとおり、本件団体定期保険契約が無効である以上、被告そのものが保険金を取得できず、被告は、各生命保険会社から支払った保険料の返還を受けるのと引き換えに受領した保険金を返還すべき義務を負うのであって、これを原告らに支払わないからといって信義誠実の原則あるいは禁反言の原則に反すると解することはできない。

よって、原告らの右主張は理由がない。

一二  以上みてきたように、本件団体定期保険契約は被保険者たる文雄の同意を得ずに締結されたものであり、その反公序良俗性を否定することはできないから商法六七四条一項本文の規定により無効とみるほかなく、したがって、原告らの保険金引渡請求にも何らの根拠を見いだすことができないといわざるを得ないが、事案の性質及び審理の経過等に鑑み、敢えて次のとおり付言しておきたい。すなわち、成立に争いのない甲第一二号証、第一三号証の一ないし三、第一四号証、第一五号証、第一六号証の一・二、第一七号証、第一八号証の一・二、原本の存在・成立に争いのない甲第二七号証ないし第二九号証拠、第一七二号証の一ないし六、第一七三号証の一ないし六、第一七四号証の一・二、第一七五号証の一ないし五、第一七六号証、第一七七号証、第一七八号証の一・二、第一七九号証、第一八〇号証の一・二、第一八一号証の一・二、第一八三号証、弁論の全趣旨により成立を認める甲第三九号証の一ないし三、証人久保田智之・同伊関剛一の各証言及び弁論の全趣旨によれば、団体定期保険は、本来、従業員の不時の死亡による遺族の生活保障を図るという理念のもとに創出されたものであるにもかかわらず、本件団体定期保険契約についていえば、右の理念の現実化を図るためというよりは、むしろ、生命保険会社がその多大な経済的影響力を背景に被告の安定株主対策等に協力・支援する見返りとして、被告をして本件団体定期保険を契約させて多額の保険料を取得し、一方、被告としても、右の協力・支援が得られること、あるいは得られないことを慮るが故に右の契約の締結を肯んじて保険料の支払に応じるといった、実質的には、生命保険会社の主導のもとに、主として、生命保険会社・被告双方の経済的利益追求のためにこそ行われたというのがその実態であり、したがって、生命保険会社は、被告を保険金受取人と指定することについて何らの規制もせず、支払われた保険金の使途についてもこれを全く野放しにして関知しようとはしないといった状況にあることが窺われる。

このような理念と乖離した運用がなされているからこそ、本件におけるような紛争が起こるのであり、制度本来の理念に沿った健全な運用が図られなければならない。そのためには、各種の法的整備も必要であろうが、何よりも、団体定期保険制度の運用について主導的立場にあり、それに適うだけの社会的期待を担っているというべき生命保険会社において、早急に、本件団体定期保険契約における前記のような姿勢を改め、理念を逸脱した観のある現状を是正するための積極的措置を講ずることが望まれる。

一三  結論

以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官根本眞 裁判官村越啓悦 裁判官見目明夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例